人、車、そしてトラックがアルプスに集まる中、時には一歩下がって、山そのものがこのドラマの主役であることを思い出すとよいだろう。山は平地から さっそうと上へと向かい、ベルベットのような緑が、グラン・サン・ベルナール峠で交わるスイスの エンガディーン渓谷とフランスのサヴォイの一部にかかる。山肌は岩だらけで頑強で荒涼としている。その名前、アイガー、ユングフラウ、トリグラーヴ、マッ ターホルンが、支配者の名のように心を打つ。しかし、ファンファーレの中、その神髄はまた柔和にして叙情的である。踏みつけて固まった雪を落とすため木製 のドアにブーツを打ち付ける優しい音、また、目にするというより心に響く、アメリカの詩人グウェンドリン・ブルックスが「大いなる輝き」と呼んだ神秘的な 山の光。山はアルプスの生活の中心となる現実であり、私たちが必要とするように今日では山も私たちを必要としている。
20世紀初頭にジュ ネーブ大学の地質学の教授だったレオン・コレットは、これに似た何かを感じていたに違いない。調査の最中、教授は決まって野心的な登山を試みていたと、あ る学生が回想している。週末にやってくる登山者だったら、筋肉が痙攣しそうな勾配を選んでいたらしい。しかし、3962メートルに到達すると、コレットは 必ず登山を中断し、糊のきいた白いシャツとネクタイを身に着けたということだ。